Friday, September 13, 2013

The power of language —東京オリンピック開催地決定に思う—

2020年夏のオリンピックが東京にやって来る。
けれども開催地が決まるほんの数日前、メディアはこぞって、東京五輪の招致は絶望的になった、と報道していた。9月4日に行われた記者会見で福島第一原発の汚染水問題を海外のメディアに問いただされた時に、東京招致委員会の代表が「福島と東京は離れているから大丈夫」といったような内容の答えをして「東京が安全なら福島はどうでもいいのか?」と誤解を生み、結局納得のいく回答にならずに終わり、記者や関係者は、"Disastrous!" (悲惨、破壊的!)と嘆き、会場を後にしたという。

東京の会見は全て英語で行われ、ある記者は、「マドリッドの代表記者会見は全てスペイン語で行われた。東京の代表も無理して英語でやらずに、リスクの少ない日本語でやったらよかったのに。英語でやったから誤解を招くことになった」と漏らした。

ところが日本時間の9月8日、ニッポンの人々は東京五輪招致成功の明るいニュースで目を覚ますことになった。私もツイッターでそのことを知り、目を疑った。
え?!あれほど「絶望的」と嘆かれていたのに、東京にオリンピックが来る。
一体どんなどんでん返しがあったんだろう?

すぐさまその前夜に行われた最終プレゼンの様子をビデオで見てみることにした。

まず東京は皇族の高円宮久子さんをトップバッターに据えてきた。
彼女はひとり白いスーツを身にまとい、紺のブレザー姿の他のメンバーとは意図的に一線を画す形で前列の一番左に座った。
私は実は皇室には昔からあまり興味がないので、彼女の存在すら知らなかった。
どんなスピーチをするのかなあ、と眺めていたら、彼女は気品ある笑みを浮かべながら壇上に上がり、突然流暢なフランス語を喋り始めたので、私は度肝を抜かれてしまった。
途中から、「皆さまに私の言葉をより明確に伝えることができるよう、ここからは英語でお話しさせていただきます。」とさっと英語に切り替え、フランス語がわからない聴衆への気遣いも忘れなかった。
内容は五輪招致ではなく、東日本大震災の復興支援への感謝の言葉とスポーツの持つ力や素晴らしさについてだった。
終始、自信と奥ゆかしさの絶妙なバランスを保ちながらの、堂々とした二カ国語のスピーチに、会場の圧倒された雰囲気が否応無しに伝わってきた。

「この人のスピーチが効いたのだな」と私は思ったが、これは一因に過ぎなかった。
東京招致のメンバーはこの後45分にわたり全て英語かフランス語で熱く語りかけた。
アスリートの二人も、竹田招致委員長も、猪瀬知事も、安倍首相も、堂々と英語でプレゼン。滝川クリステルは終始フランス語で日本人のおもてなし文化を語り、水野理事は英語とフランス語両方でプレゼン。
皆笑顔で堂々としていた。そういう印象だった。
記者会見であれだけ「リスクの少ない日本語でやったらよかったのに」と嫌味を言われたのに、東京は「聞く人の立場」になって、敢えて日本語を避け、IOC公式言語の英語とフランス語にこだわった。
私はこれが効いたのだと確信した。

後でイスタンブールのプレゼンを見てみたら、トルコの首相はトルコ語でスピーチをし、他の代表アスリートもトルコ語だった。マドリードも案の定、スペインの大統領は何のためらいも見せずにスペイン語でスピーチをした。私は米国留学中、たくさんのトルコ人やスペイン人に会ってきたけれど、皆それはそれは流暢な英語を話す。一国の首相や大統領となれば、英語でスピーチするくらい、なんでもないことに思える。そこを、プライドがそうさせたのか、リスクの少ないほうを選んでか、イスタンブールもマドリードも、母国語でのスピーチを選択した。英語はともかく、東京のように敢えてフランス語まで使うようなことはどちらの都市もしなかった。

東京は、日本語を一言も発しなかった。滝川クリステルが言った「おもてなし」も、フランス語訛りの「お、も、て、な、し」だった。まずはプレゼンで通訳を介さなくても、直接みんながわかる言語を使う、そうやって聞き手を思いやる。そこに、IOC委員は東京の、そして日本の「おもてなしの心」いや、「おもてなし根性」を見たのだと思う。

五輪開催地決定にあたり、オリンピックよりも被災地再建が先だろう!オリンピック村の建設よりも、仮設住宅をどうにかしろ!という反対意見も根強い。これからの課題が山積しているし、私もひとえに喜べないところもあるけれど、東京が行った招致の最終プレゼンは、素直に素晴らしかったと思えた。安倍さんの英語は確かに日本語訛りのある日本語英語だった。日本の政治家はもっと英語を頑張らないと、という厳しいツイートもあった。でも彼は、母国語に頼ってのリスク回避や何らかのプライドを守ったトルコやスペインの大統領に、圧倒的な差をつけた。個人的に、彼は支持できない政策ばかりを打ち出して来るし、質疑応答で彼が放った「汚染水は完全にブロックされています」という回答には本当にびっくりしたけれど、私は少なからずとも言語に関わる研究者として、彼の果敢な英語でのスピーチの挑戦を大きく評価したいと思った。



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